ポン太のつぶやき
ポン太が日常感じたことを徒然なく語ります。
プロフィール

ponponta(ポン太)

Author:ponponta(ポン太)
年齢:夢見がちな30代前半

趣味:旅全般、スキー、
    野球観戦(狂巨人ファン)

仕事:サラリーマン(3回目)

家族:奥さん一人



FC2ブログランキング

★面白いブログが一目でわかる!!

FC2ブログランキング

関東ランキングついに3位!!(4/23)



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



PR

★ネットで稼ごう!!




★旅のサポート



Welcome



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



リンク

このブログをリンクに追加する



ブログ内検索



RSSフィード



FC2



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

山手線の歴史
昨日山手線が全線でストップしました。
今では、メトロポリタン東京の大動脈となった山手線。ふとその歴史に興味を持ったので、少し調べてみました。


まず、山手線は1885年に品川線として品川~赤羽までを結ぶ路線として誕生しました。①

そう、最初はなんと赤羽までが山手線だったのです。(赤羽に山手線が通っていたらとてつもなく便利なのに・・・。)

いったい、いつ、そして何故、赤羽は山手線ではなくなったのでしょうか?
事の発端は、常磐線が開通したことにあります。1903年、日本鉄道(国鉄になる前の会社)は、田端までひかれていた常磐線と赤羽線をつなげる事を計画しました。

そのため、山手線の池袋から支線として田端まで豊島線を新たに開設しました。②

しかし、支線だったはずの豊島線は、その後、田端~品川間が順次開通する③ことにより、重要な役割を果たすことになりました。そして、1925年、山手線が環状運転を開始した際にも豊島線が採用され、赤羽は蚊帳の外に・・・。
(ちなみに、1909年に品川~赤羽、池袋~田端が山手線と正式に命名されています。)


そしてついに・・・、1972年国鉄は、品川~池袋~田端~上野を通る環状線を山手線とし、
池袋~赤羽間を赤羽線として分離してしまいました。。。(チクショー!!!)

それから赤羽線は、後に埼京線と呼ばれるようになり現在に至ります。(正式名称は、今でも赤羽線だそうです。)

以上、どうでもいい話でした。(概略図を作ってみました。)


<出展>フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


yamanotesen

スポンサーサイト

テーマ:どうでもいいこと。 - ジャンル:日記


この記事に対するコメント

とうとう手術の日が決まりました。
元の生活に戻れる可能性はとっても低いと先生に言われてましたが、今はそれでも前向きに手術を受ける勇気が出てきました。ぽんたさんのお陰です。本当にありがとうございます。
私も元気になってぽんたさんみたいに、色々な風景を見て、美味しい物を一杯食べて、お花や絵画の事など調べてみたいです。
そして、もし一人で歩けるようになったら、必ずぽんたさんの所へ、『ありがとう』を言いに行きますね。
【2006/04/25 19:47】 URL | さら #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://ponpontatravel.blog61.fc2.com/tb.php/44-66c4db63
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。